(原宿米お試しセット。「夕貝・壬」「井戸田・戌」と名前の書かれた袋ごとに味が違う。ラベルには籾摺日、精米日。生産者名などがきちんと書かれている。)茨城県の南西部にある、常総市石下町。
筑波山が遠くに見える田園地帯の中の集落に「原宿」はある。
前庭が広く、軒先が長く、その下には椅子と机が置いてあり、近所の人が来て談話でもしてそうな風景が浮かぶ建物があるような、よくある農家にお邪魔した。
ネット上では「原宿米」を大体的に販売しているが、農家の周りにも庭にも、
一切萌えキャラのノボリなどは立っていなかったのだ。普通なら、萌えおこしをしているところは、わかりやすく萌えキャラの記号の一つや二つ置いてあるはずだ。
「近所の目もありますので…。」田舎ではキャラで町おこしをしようとすれば、地域の人が物珍しそうだからと寄ってきて、こぞってキャラをPRし、町のあちこちにキャラのノボリが立ち、無造作にキャラが置かれるということがあるだろう。
かくして、
お祭りのようにキャラが現れてくるだけで、実際は地域に何も成さなかったというケースは、枚挙にいとまがないだろう。そのような地域の特性を理解してか、地域には自分の活動を知らせないでいるという。
もし、近所の人に萌えおこしをやっていることが知れたら、地域の人が寄ってきてあれしようこれしようと振り回され、
自分がしている活動を思いのままにすることができないのではないだろうか。
運営者の奥ゆかしさか、地域の特性か
いきなりその土地なりの事情を聴いてしまった。

お話しを伺う際、原宿米を購入したときの特典「
lestone(ルストーン)」を見せていただいた。
これは、購入者だけがダウンロードすることのできるデータ集で、
イメージイラスト、4コマ漫画、キャラたちの設定資料集、ライトノベル、さらには、原宿米を収穫した田んぼのデータ(土壌・穀粒分析、放射線物質検査など)
が付いてくる。この点が、キャラを使ってお米を売るというところだが、そこには米の美味しさを追求する農家ならではのこだわりが見える。
普通は田んぼのデータは付いてこないだろう。
田んぼの化学物質分析データだとか米の糖度などを円グラフにしたとして見ない人は多いかもしれない。
しかし、
このデータをロボットアニメの設定資料のように、目を皿にして読む人もいるかもしれない。たとえば同じ農家の人や大学の農学部を出た人、あるいは農業や化学オタクは、データに夢中になって見るかもしれない。
そういう意味では、
ヲタク心をくすぐる大事な設定資料になっているのだ。

さらに、72章にも及ぶ
ライトノベル『七十二候』は、運営者自身によって書かれたという。
農村部に住む男女の高校生たちによる、農業をめぐる青春の話だが
これを読んだ別の人によると、
「現代版、長塚節の『土』」だとか。
(奇しくも、長塚節も
茨城県常総市の出身である。)
話の中には、石下町にある農村の生活や文化などが盛り込まれ、時には主題となり(後述する鬼怒砂丘慰霊塔や町内有線放送など)、「ご当地」という言葉を使わなくても、その土地の生活を伝えている。
「原宿米」は、2012年の5月3日に新宿で行われた
「萌え観光物産展」に出展したという。他の出展者が萌えキャラの付いた特産品を並べて売っているのを見て違和感を感じたという。
「ちょっと違う気がしたんです。特産品ではなくて、萌えキャラを売っているだけではないですか。お客さんはパッケージが欲しいだけで…。」萌えおこしとはいったい何のためのものだろうと思えてしまう。
本来、地域や特産品の良さを伝えるために、キャラを使って、普段その地域に関わりのない人に伝えるものなのに、いつの間にか「萌えキャラさえ出しておけば売れるだろう」という発想の運営者が増えてきて、
パッケージにはデカデカと描かれた萌えキャラだけが注目され、地域自体は注目されにくくなっていないだろうか。パッケージに描かれたイラストが、有名なエロゲー絵師だからと有難がられて、本来の地域の良さや特産品の美味しさが伝わらないまま、次々と他の地域で萌えおこしが起こって、
新しいものに飛びついて、使い捨てのように忘れ去られていく。一過性のブームだけで、それで何回も来てくれたり買ってくれたりする固定客が着かずに去っていくだけではないだろうか。
原宿米の運営者は、その流れを冷静に見て、静かに一石を投じている。
よくある萌えおこしのパッケージに対して、
原宿米はどちらかといえば地味だ。萌えを前面に押し出したというより、キャラの外観もよくあるもので、描写もあっさりしている。
原宿米のウェブサイトでさえ、キャラはあまり前面に出ておらず、
「パーフェクトトレーサビリティー」とか「柔軟なサポート」といった、原宿米自体の魅力に関する情報を押し出している。しかし、ライトノベルなどで原宿米の世界観を伝え、農村の空気感や風景、生活や文化などを盛り込むことで、お米の美味しさ、ひいては石下町の農村生活の面白さや苦労などが伝わっていくのではないだろうか。
むしろ絵柄が地味なことで、かえってお米の美味しさがダイレクトに伝わってこないだろうか。
萌えキャラだって、何だって、それはまだ見ぬお客さんに、地域の面白さを伝えるためのツールではなかったのか。

続いて、「原宿米」を栽培している田んぼに案内していただいた。
こちらは「夕貝・壬」を栽培している田んぼ。
一見よくある田んぼだが、
肥料の撒き方や稲を植える間隔など、一つ一つの田んぼによって違う。
その違いがそれぞれの田んぼごとに違った味になっているという。
続いて、「香取前・丁」を栽培している田んぼ。
先の「夕貝・壬」に比べ、稲を植える密度が高い。
「香取前・丁」の田んぼ前。
ちょうどここは、
「原宿米 lestone」の表紙イラストに使われた田んぼだ。
たどり着くのは至難の業だが、聖地巡礼した気分になった。

ちなみに、田んぼの脇を走る用水路の一部が、まだ壊れている。(正常には使用できる)
これは、東日本大震災で震度5強の揺れが常総市を直撃し、用水路を破壊した傷跡の残りなのだ。
原宿米が始まったのは、2010年9月。
その半年後に東日本大震災に見舞われ、幸先悪かったが、それに倒れることなくこうして続いているという強かさを見た気がする。

さらに、ライトノベル『七十二候』にも登場する「鬼怒砂丘慰霊塔」にもご案内いただいた。
ミャンマーの仏塔・パゴダをモデルにして建てられたもので
大東亜戦争の折、石下町から出征し、ミャンマーでお亡くなりになられた方々を慰霊するために建てられた。
お話しを聞かせていただき、田んぼを案内いただいて思ったことがある。
「原宿米」の運営者は、萌えおこしというものを冷静に見ている。
「萌えが売れるという一時の時流にのらず、息の長いものがやりたいですね。」ガツガツすることなく、萌えを一歩引いて見る一方で、お米を一生懸命育て、その美味しさを伝えるためにやるべきことと、運営者自身が乗せたいものを乗せているように見えるのである。本来の目的を見失わず、かつお客さんに美味しいお米を提供し、楽しませる(そして自分も楽しむ)ということをしているからこそ、良いお客さんが付いて、息の長いものが出来るのではないだろうか。
僕のこのサイトでも、
「看板少女」たちは、「商品が主で、萌えは従」という関係にあるものが多い。
本当は萌えおこしでも、その関係だったのに、
いつの間にか「萌えが主で、商品は二の次」みたいになってしまっているのだ。そこへの違和感と、冷静な視点に共感を抱きつつ、密度の濃い時間を案内いただいた「原宿米」の方々には、感謝をしたいと思っている。
◆公式サイト:「
原宿米」
☆その他の記事